なぜ税理士は「100%大丈夫です!」と断言してくれないのか
「今度こういったことを予定しているんですけど、税金的には大丈夫でしょうか?」
税務相談でよく受けるタイプの質問です。
この場合の「大丈夫」とは「税金が発生することはない」的な意味合いであることが多いです。
こんなときの回答は
「原則、大丈夫です。」
「今聞いた限りでは、大丈夫です。」
といったように
「100%大丈夫です!」
と言い切れないことが多いです。
これは私に限ったことではなく、税理士や他の士業の方でも思い当たる方がいると思います。
なぜ「大丈夫です!」と言い切ることができないのか。
それは、専門家であればあるほど言い切ることの難しさを理解しているからです。
「初級者」ほど頼もしく見える
心理学に「ダニング=クルーガー効果」という言葉があります。
この中ではある分野の知識をもつ「初級者」「中級者」「上級者」それぞれがもつ自信の度合いや、その分野についてまったく勉強をしたことがないいわゆる「素人」からどう見えるかを説明しています。
・「初級者」は「自分はその分野について人より詳しい」と自信をもち、回答は断言口調 「素人」からは頼もしく見える
・「中級者」は学びを深めた結果簡単に断言できることは多くないことを知り「初級者」のころにあった自信がなくなり回答は慎重になる 「素人」からは頼りなく見える
・「上級者」は学んだ知識の量に自信をもつようになるが断言することの難しさも理解しているため、やはり回答は慎重になる 「素人」からは中級者ほどでなくてもどこか頼りなく見える
この「ダニング=クルーガー効果」、税務の世界でも多いに当てはまると感じています。
特に「初級者」の方は、「できる理由」が何かひとつでもあれば「大丈夫!」と断言してしまうように思えます。
例えば
「子どもに今年110万円現金を贈与しようと思うんですが、贈与税はかかるでしょうか。」
と相談された場合。
贈与税には原則1年間あたり110万円の基礎控除があります。
この基礎控除の範囲内の贈与であれば贈与税がかからないのは、税務の世界では割とメジャーな論点です。
初級者の場合
「110万円までなら贈与税かかりませんよ、大丈夫!」
と回答するでしょう。
では110万円とはどう数えるのか。
もらった人ひとり当たりなのか。あげた人ひとり当たりなのか。
正解はもらった人ひとり当たり。
なので110万円を父親からもらった子どもが、父親以外の人、例えば妻の父親からも同じ年に贈与を受けていれば。
110万円の基礎控除を超えてしまうので、贈与税がかかってしまいます。
これを踏まえて中級者の場合
「原則110万円までなら贈与税はかかりません。ただ、お子さんが他の方から贈与を受けていれば贈与税がかかりますよ。」
と回答するでしょう。
そして、この贈与税の基礎控除110万円が適用されないケースもあります。
それは子どもが過去に「相続時精算課税」の適用を受けている場合。
ややこしい制度なので詳細は省きますが、この「相続時精算課税」の適用を受けている場合贈与税の基礎控除110万円は一切適用できません。
過去の贈与状況にもよりますが、千円贈与するだけでも贈与税が発生する可能性はあります。
これを踏まえれば上級者の場合
「原則110万円までなら贈与税はかかりません。ただ、お子さんが他の方から贈与を受けていれば贈与税がかかりますよ。あと、過去に相続時精算課税の適用を選択していても贈与税はかかるかもしれません。」
といった回答になるでしょう。
長ったらしいうえに、「相続時精算課税」といった専門用語まででてきて質問した方からすれば
「よくわからん!もっとYesかNoかでわかりやすく答えられないのか!?」
と思われても仕方ありません。
ですが、知識をもっているからこそあらゆる可能性を想定した結果長ったらしい回答になってしまうのは理解してもらえたらなぁ…なんて。
上級者は適用要件を満たすかどうか慎重にチェックする
上級者は税務上使えそうな特例を把握したからといって軽々に飛びつきません。
特例を適用するには様々な要件を満たす必要があり、どれかひとつでも要件を満たさなければ適用できません。
一つ一つ要件を満たすかどうか慎重にチェックする必要があるんです。
なので、税理士が初対面の方から税務相談で
「今度家を売るんですけど、マイホームを売却した場合の3,000万円控除特例を使えば税金かかりませんよね?」
と聞かれたからといって
「大丈夫ですよ!」
なんて即答できるわけがないんです。
マイホームを売却した場合の3,000万円控除特例が適用できるかどうかは、国税庁側でもチェックシートを公表しています。
チェック項目は10個近くあります。
チェックシートを見てもらえればわかりますが、どれか一つでも「いいえ」になればその時点でOUTです。
特例を適用しようとする場合慎重すぎるほど慎重にチェックせざるをえない、と上級者ほど理解しているからうかつに断言なんてできないんです。
まとめ
質問に対して自信満々に断言口調で回答してくれれば、「有能な人」に見える。
逆に断言してくれず、慎重な姿勢を崩さない人は「頼りない人」に見える。
けれど、実際の知識量や経験は「頼りない人」の方が圧倒的に持ち合わせており、質問に対する答えも「頼りない人」の方が正解であることが多い。
そんな一見矛盾する状況を説明しているのが「ダニング=クルーガー効果」。
一見頼りなく見えてしまっても、それは持っている知識を総動員してあらゆる可能性を考慮しているからであることを少しでも知ってもらえればうれしいです!